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高知地方裁判所 昭和57年(ワ)427号 判決

原告

橋本豊

ほか一名

被告

石川悟

ほか一名

主文

被告らは連帯して原告らそれぞれに対し金三六二万五九六八円及び内金三二二万五九六八円に対する昭和五七年三月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその一を原告らのその余を被告らのそれぞれ負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

被告らは連帯して原告らそれぞれに対し金五一四万四五六六円及び内金四六八万四五六六円に対する昭和五七年三月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件交通事故の発生

(一) 日時 昭和五四年一一月二〇日午前七時頃

(二) 場所 高知市横浜一八一番地二二先道路上

(三) 加害車 被告国枝運転の普運貨物自動車

(四) 被害車 原告らの父橋本勝(以下単に「勝」という)運転の原動機付自転車

(五) 態様 前記道路左端を西から東へ進行中の被害車とこれを後方から追い越そうとした加害車とが接触し、勝は被害車もろともその場に転倒した。

(六) 結果 勝は脳挫傷、左急性硬膜下血腫、右鎖骨々折、右肋骨々折、頸椎捻挫等の傷害を受け、直ちに愛宕病院へ入院。

2  責任原因

(一) 被告石川は加害車を保有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任がある。

(二) 被告国枝は加害車を運転し、前記のとおり被害車を追い越そうとした際、運転者として被害車の動静に注意し、十分な間隔を保つてこれを追い越さなければならない注意義務があるのにこれを怠り漫然と追越そうとした過失があるから、民法七〇九条による責任がある。

3  損害

(一) 傷害と死亡

勝は前記傷害で入院したが、当初は昏迷状態で頭痛吐気が強く、生命の危険を伴う状態であつたので、穿頭洗浄手術を実施し、頭部の血腫を除去し、また右鎖骨々折の治療のための手術も行つた。

右手術により、その場は生命をとりとめたものの、左半身麻痺、四肢拘縮、精神障害、尿便失禁等の症状を残し全くの寝たきりの状態から回復せず(二四時間付添を要するとして労災保険で後遺症一級の認定をうけた)、次第に身体も衰弱し、そのため昭和五七年二月に入つた頃から重症の肺炎を併発、呼吸不全の状態が続いていたが、更に同年三月七日頃より心不全となり、遂に同年三月一四日死亡するに至つたが、本件事故による同人の傷害、特に脳挫傷と右死亡との間には相当因果関係が認められる。したがつて被告らは同人の事故後の治療中の損害、及び死亡による損害について全て連帯して支払う義務がある。

(二) 治療費

勝は当時株式会社英工務店に勤務し、事故の際も勤務先に出勤の途中であつたため、労災保険の適用をうけ、治療費、付添費については自賠責保険、及び労災保険より支払われたため勝の負担はない。

(三) 諸雑費 金一二五万二五〇〇円

しかしながら二年四か月近く全くの寝たきりで身動きも十分できない症状であつたため、二四時間中介護を必要とし、尿便の失禁が続いていたため毎日オムツを何回となく取換えねばならず、また身体の衰弱を防ぐため特別の栄養補給が必要であつたことなどから、一か月四万五〇〇〇円(一日平均一五〇〇円)の入院雑費を必要とした。入院期間は二年と一一五日である。

(四) 逸失利益 金一五一六万四二四〇円

(1) 勝は事故当時、前記雑役夫として勤務し毎月八万四〇〇〇円の給与を得ていたが、同人は何一つ病気もせず至つて健康であつたから事故当時六三歳から七〇歳まで勤務が可能であり、その間毎年一〇〇万八〇〇〇円の収入が得られたはずである。そこで、これを治療期間中と死亡後に分けて算出すると次のとおりとなる。

(イ) 治療期間中 金二三三万八〇〇〇円

毎月八万四〇〇〇円の収入があるとしてこれを治療期間二年と一一五日を乗じた。

(ロ) 死亡後五年間 金二一九万七四四〇円

五年間の新ホフマン係数四・三六四

生活費五割を控除

(2) 勝は永らく船員として勤務していた関係で、船員保険法により年金の支給をうけていたものであるが、昭和五六年度に支給をうけた年金の額は二〇四万四五六六円であつた。ところで、同人は死亡当時六六歳であつたから昭和五四年度簡易生命表によると、なお一四・〇四年生存する可能性があつた。

そこで、右年金の支給を受けられなくなつたことによる損害を計算する。

金一〇六二万八八〇〇円

2,044×10.40×(1-05)=10,628,800

但し、一四年間の新ホフマン係数一〇・四〇

生活費、五割を控除

年金額の一〇〇〇円未満は切捨て

(五) 慰藉料 金一一〇〇万円

勝は本件事故により、病床に二年四か月の間闘病生活を余儀なくされ、更にこれが原因となつて生命を奪われる運命に見舞われたが、その間の精神的肉体的苦痛は余人の想像を絶するものがあり、右の診療中の苦痛に対しては三〇〇万円、死亡に対しては四〇〇万円の慰藉料を請求する権利があり、また原告二名は右事故による父の死亡に対し、それぞれ二〇〇万円の慰藉料を請求する権利がある。

4  損害の填補 金一八〇四万七六〇八円

自賠責保険より一五一四万円(但しこのほかに葬祭費として三五万円の支払がなされているが、本訴においては葬祭費を請求していないのでこれを加算しない。)

労災保険より傷病手当金として合計一七六万七六〇八円及び後遺障害補償一時金として一一四万円が支給されている。

5  相続

原告らは勝の子として勝の損害賠償債権の各二分の一宛を相続した。

6  弁護士費用 各自金五六万円

原告らは本件事件を弁護士である本訴代理人にこれを委任し、着手金として各自一五万円を支払い、成功報酬として各自四一万円の支払を約している。

7  よつて原告らは被告らに対し連帯してそれぞれ五一四万四五六六円と、弁護士費用を除いた内金四六八万四五六六円に対する勝の死亡した日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1中事故の態様を争い、その余は認める。同2(一)は認め、(二)は争う。同3は不知。同4 5は認める。同6中弁護士に委任したことは認めその余は不知、同7は争う。

2  本件事故と勝の死亡との間には相当因果関係はない。

勝の死亡診断書によれば、勝は事故後約二年三か月後に肺炎を併発して肺炎による心不全で死亡したとされている。

しかしながら肺炎は、一定の病原体によつて原発性あるいは続発性に肺間質及び肺胞に生じた炎症をいうとされ、臨床的、病理解剖的原因ならびに病原体の種類により、大葉性肺炎、胸膜肺炎、嚥下肺炎、就下性肺炎、小葉性肺炎、遊走性肺炎、術後肺炎、インフルエンザ肺炎等々、様々に分類されているけれども、脳挫傷に直接起因する肺炎はない。原告ら主張のとおり勝が全くの寝たきりで身動きも十分できない状態であつたとすれば、就下性肺炎も考えられないことではない。

しかし、診療録等によれば、勝はベツドサイドではあるが昭和五五年一月八日から起立訓練が行われ同年一〇月三一日には訓練室での車椅子訓練の指示もされ症状により一進一退はあるものの、勝が発熱した昭和五六年一二月末頃まで継続して機能訓練、変形機械矯正、ハーバードタンク、運動療法が実施されている。即ち、勝は昭和五六年一二月頃には本件事故による傷害の症状も固定し、リハビリを受けるまで回復し、体力もあつた状態であつて、就下性肺炎は考えられない。

また事故後の手術より二年余も経過して発症した肺炎について、「術後肺炎」も考えられない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因1は事故の態様の点を除き当事者間に争いがなく、成立に争いがない乙第一号証の一、二、第二、第三号証によれば本件事故の態様の原告ら主張のとおりであることが認められる。

また請求原因2の(一)は当事者間に争いがなく、同(二)については前同証拠によつてこれを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

二  本件事故による損害の点につき検討する。

1  証人諸岡弘の証言により成立の認められる甲第六ないし第八号証、成立に争いのない甲第一〇号証の一、二、第一三号証の一ないし二五三、原告橋本豊本人尋問の結果により成立の認められる甲第九号証、第一二号証、証人諸岡弘の証言、原告橋本豊本人尋問の結果に弁論の全趣旨によれば次のとおり認められる。

(一)  勝は本件事故により愛宕病院へ入院し、原告ら主張のとおりの症状で穿頭洗浄手術等を受け、ようやく一命を取り止めたものの、その後の治療にもかかわらず、原告ら主張のとおりの経過で昭和五七年三月一四日心不全のため死亡するに至つた。

そして本件事故による傷害と死亡との間には相当因果関係のあることが認められる。

被告らは、本件事故の発生から死亡までに二年三か月もの隔たりがあること、及びその間、勝はベツトから起きて機能回復訓練を受けたことがあることなどから、本件事故と死亡との間に相当因果関係がない旨主張するけれども、前顕証人諸岡弘の証言によれば、勝は本件事故後直ちに愛宕病院に入院し、同病院においては、手術その他できる限りの治療がなされたけれども、結局、本件事故により受けた傷害の回復はなく、症状は悪化の一途を辿り全身の衰弱が進み、肺炎を併発して死亡したものであること、被告らのいう機能回復訓練も本来の意味での機能の改善のためのものではなく、全身の機能の麻痺を防ぐためになされたものであることが認められ、これらの事実に照らすと、被告らの指摘する事実によつては、未だ右傷害と死亡との間の因果関係の存在につき疑いを生じさせるには足りず、したがつて被告らの右主張は採用しない。

(二)  治療費については全て填補されていることは原告らの自認するとおりである。

(三)  諸雑費 金八四万五〇〇〇円

一日一〇〇〇円として二年と一一五日間を相当と認める。

(四)  逸失利益 金一四六五万四五四四円

(1) 勝が事故当時雑役夫として英工務店に勤務し、一か月八万四〇〇〇円の給与を得ていたこと、事故当時六三歳の健康な男子であつたことから七〇歳までの間は就労可能であること、しかし、その年齢及び社会の就職状況などを考慮するとその収入は年々〇・五ないし一割程度減ずることが予測される。

(イ) 治療期間中 金二一〇万四二〇〇円

但し一割の減収を見込む。

(ロ) 死亡後四年間 金一〇七万六五四四円

84000×12×3.56×(1-0.4)×(1-0.5)=1,076,544

但し新ホフマン係数三・五六

四割の減収を見込み、生活費五割を控除する。

(2) 勝は船員保険法による年金を受給していたが昭和五六年度は年額二〇四万四五六六円であつた。死亡当時、勝は六六歳であつたから昭和五四年度簡易生命表によるとなお一四・〇四年生存する可能性がある。

そこで右期間年金を受けられなくなつたことによる損害を計算すると、原告ら主張のとおり金一〇六二万八八〇〇円となる。

(五)  慰藉料 金九〇〇万円

本件事故の態様、勝の入院治療の期間、傷害の程度その他本件に顕われた一切の事情を総合して、勝本人分として七〇〇万円、原告ら固有分として各一〇〇万円と認めるのが相当である。

(六)  損害合計 金二四四九万九五四四円

2  損害の填補(合計金一八〇四万七六〇八円)の事実及び原告らが勝の損害賠償債権を各二分の一宛相続したことは当事者間に争いがない。

3  弁護士費用 各自金四〇万円

原告ら各自に対し右のとおり認めるのが相当である。

三  以上によれば原告らの被告らに対する本訴請求中原告らそれぞれに金三六二万五九六八円及び内金三二二万五九六八円に対する昭和五七年三月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員の連帯支払を求める部分は正当であるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福田晧一)

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